2019年2月21日木曜日

ユーカリの散歩道


川沿いのお気に入りの散歩道。ユーカリの木がいい香りが漂ってきます。

今日はゼネストで、職場の学校もいろいろキャンセルになりオフ日を過ごしています。
そういうときには学校からメールが来て、教職員も学生もストライキをするかは自由だが、する権利は守られるべきで、学生の欠席は成績評価対象に反映されないように、などと書いてあり、ふむふむなるほどと思うわけです。

もうすぐ1歳半になる娘の最近の興味は階段、帽子、靴など。
いろいろ真似するようになり、一緒に行っているヨガのクラスでは、Omの時に一緒に息を吸って手を合わせて目をつぶったり!思いがけないことをするので面白いです。

Ciutadella公園の大きな階段
ひたすら登る
最近思ったこと。。
年末年始に日本に帰った際、道中の長距離飛行機で行きも帰りもあからさまにこちらを見て、「うわー子供がいるよ。。Oh gosh」のようなことをこちらに聞こえるように言われたのはかなりショックでした。どちらも英語でした。

運よく、往路では早々に3人グループがそろって他の場所に移動していなくなったので、こちらは席を広々と使えてラッキーでした。

それにしても。。と思うのです。子供の有無、既婚か否かなどには全く関係なく、この世に存在する限り人は皆、例外なく赤ちゃんだったという事実。自分だって昔はそういう存在であり、立場であり、自立できるまで育ててもらったということを忘れてはいけないと思います。

ネガティブな経験ほど後々まで心に残りがちですが、もちろんそれ以上にうれしい経験もたくさんあります。往路ではドイツ在住20年以上の日本人男性が荷物の上げ下ろしを、こちらから頼んでもいないのに助けてくれて、娘と長らく遊んでくれたり、おもちゃを片付けてくれました!日本の公園では知らない複数の人から話かけられました。あ、でもそういえば、ひとつびっくりした経験がありました。

ベビーカーで娘を連れてはじめて電車に乗ったときのことです。週末の日中で、車内は空いていました。ただ降りるときに間違えてベビーカーを前方向に普通に押して降りようとして(後ろ向きで降りるほうが簡単なのです)タイヤが引っかかってなかなか降りられなかったのです。目の前には乗る人が列になっているのですが、誰も手を貸してくれませんでした。知らん振り。目の前で苦戦しているのに無視とは。。これはバルセロナでは想像できません。

良いとか悪いを超えて、なんとも不思議な心理だなぁと思いました。


目下帽子マニアの娘の写真で〆ます。


2019年1月29日火曜日

娘1才5ヶ月の記録

今日は私の誕生日で、娘が17ヶ月になった日でもありました。
特に特別なこともない普通の仕事日でしたが、こうして久しぶりに自分の時間が持ててることが一番のプレゼントかなと思います。

娘は20時半にすんなり寝て、夫は合唱で帰りが遅いので、一人で静かな夜を満喫中です。

備忘録をかねて、最近の娘の成長を記録しておこうと思います。

ブランコ大好き
まだ一人歩きはしませんが、階段は登れるようになりました。つたい歩きも上手になりました。
                

ここ1ヶ月でずいぶんおしゃべりになり、冬の一時帰国とこちらでお義母さんがいたのが刺激になったようです。大体言った順番に。イタリア語は伊。

パパ(お父さん、伊)
マンマ(お母さん、伊)
ワンワン(犬)
モー(牛)
キュロ(黒)
パー(パン、パーネ、日伊)
パ(パッラ、ボール、伊)
ウーナ(瑠奈、自分の名前)
エン(えんぴつ)
アン(いとこの杏樹ちゃん)
テ(クマのぬいぐるみテディ)
クレ(叔母さんのクレール)
タータ(タルタルーガ、亀、伊)
ヴー(ウーヴァ、ぶどう、伊)
クレ(クレープ、発音は仏)
ク(エリコッテロ、ヘリコプター、伊)

しぐさで示すもの
馬(舌を鳴らす)
チャオチャオ(手を開いたり握ったり)
バイバイ
こんにちわ(頭を下げる)
投げキッス
頬にキス(イタリアのおばあちゃん限定(笑)
星、きらきら星の歌(手をひらひら)
帽子(頭を触る)

書き出すとけっこうあって、自分でもおどろきです!

本が大好き
ある日の帰宅後、かたっぱしから全部引っ張り出して読んでほしいと渡されました
あとから数えたら20冊!

職場の学校も広いので楽しいようです
それではこのへんで。おやすみなさい~


2019年1月5日土曜日

新年おめでとうございます

またまた時がたつのは早く、新しい年になってしまいました。
明けましておめでとうございます!

年末から娘と一時帰国しています。
大晦日には母の天ぷらとおそばをいただき、おせち料理も堪能しました。

寒いですが、日中暖かい日にはお散歩が気持ちいいですね。

新春の公園散策
噴水に虹がみえました(下)


最近の娘はお絵かきや積み木が好きで、言葉を真似したり、成長ぶりが楽しいです。


今年もまた元気に、娘の成長を見守りつつ、音楽とともに歩んでいきたいと思います。
みなさまにとって穏やかで平和な一年となりますようお祈りいたします。
本年もどうぞよろしくお願いします。


2018年10月6日土曜日

やっと書けました!

2月に「仕事復帰しました」というタイトルで以下を書き始めてから、半年以上が過ぎてしまいました。本当に自分の時間がなく、体力的にも余裕のない日々でした。

~~~
先月末に育児休暇が終わり、仕事復帰しました。
お義母さんが娘を見てくれていて、3人で出勤しています。仕事前、休憩時間、仕事後に授乳して、毎日あっという間に過ぎていきますが、なんとかリズムに慣れてきました。
職場は私たちに温かく、娘も皆にかわいがってもらって、とてもうれしく思います。

6ヶ月ぶりに楽器をさわるのは以外に違和感がなく、音楽に夢中になりました。3時間のリハーサルのあとは、不思議と体が軽くなった感じがしました。

最近9ヶ月ぶりに自転車に乗りました。
~~~

久しぶりに音楽に浸かった喜びを思い出します。自転車に乗るのも新鮮でした。
娘が5ヶ月になる直前での仕事復帰でした。仕事の休憩時間は授乳になり、休みなしで大変でしたが充実の日々でした。

今娘は1歳になり、元気に成長しています。私は授乳のせいか産後1年で妊娠前よりも10キロ以上痩せて、久しぶりに会う人にはびっくりされますが、おかげさまで元気にしています。

以外に大変だったのは、仕事先の学校が夏休みになったときでした。いきなり社会と隔離され、24時間娘と過ごし、下手すると何日も家族以外の人と話すことがないという生活が精神的に厳しかったです。育児とはこんなにも孤独なものかと思いました。正直、仕事をしてた時の方が育児以外の時間があって、ある意味楽だったと思いました。

それでは今日はこの辺で。
またぼちぼち日々の小さな発見を書いていきたいと思います。

バルセロナの中心にあるSanta Maria del Mar教会
一昨日コンサートでバッハのカンタータ35番など演奏しました


最近は公園でも遊べるようになりました


2018年1月14日日曜日

新年 2018

2018年1月2日

少し遅れましたが、あけましておめでとうございます。

昨年8月に娘が生まれてから初めての新年は、バルセロナで夫の家族と共に迎えました。
娘が眠るなか、私たちはカタルーニャの風習でブドウを食べながらカウントダウン、スペインの白発泡酒カバで乾杯し、夜中の3時ごろまで遅い夕食を楽しみました。

先月は更新できませんでしたが、3週間ほど娘と日本に帰り、充実の日々を過ごしてきました。
母が生まれたときに着た着物を着せてお宮参りに行き、お食い初めをしました。紅葉も楽しむことができました。弟夫婦にもたくさん会うことができてうれしかったです。瑠奈もたくさん遊んでもらいました。わざわざ私たちに会いに足を運んでくれた友人もたくさん、お会いできて感謝です!こうして娘が多くの人に祝福される様子に、自分もそうして育っただろうことを思ったり、大変な思いをして毎日育ててくれた両親を思わずにはいられませんでした。




先月21日にバルセロナに戻ってから、クリスマス、そしてあっという間に新年になりました。
私の産休も16週間に冬休みや授乳補助など入れられるだけ加えて、あと1週間ほどで終わりです。娘は4ヵ月半になりました。おかげさまで病気ひとつせず、元気に育ってくれています。私の体調も良くなり、ようやく育児にも慣れ楽しめるようになってきたところですが、これからも仕事をしながら楽しんでいきたいと思います。

皆さまにとっても、健康と平和に恵まれ、実り多い一年となりますように。
本年もどうぞよろしくお願いします。


2017年11月23日木曜日

通院あれこれ

今日で術後13日目になりました。おかげさまで順調に回復しています。


Vall d'Hebron病院母子棟

今回かかった病院はバルセロナ市内の北の方にある、Vall d'Hebron大学病院です。乳房疾患専門科があると助産師のインマに勧められ、そこに行くことにしました。

救急でかかった翌日に手術が決まり、術後は4日目に受診、膿を排出するために入っていたチューブのドレーンを抜き、その後は、術後7日、11、12、13日と受診が続くことになりました。昨日はエコー検査に行き、今日その結果と共に医師の診察があります。

まだ小さな娘の世話を休むわけにもいかず大変でしたが、そんな中にもうれしい発見もありました。38度の発熱でふらふらで寝込んだ2日間、娘に「熱が出ちゃったの、ごめんね、はやく良くなるからね」と話したら、笑顔で聞いてくれて、ずっとベットで授乳、お散歩に連れ出すこともできず、申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、状況を分かったかのごとく、ぐずることなく良く寝てくれたのでとても助かりました。話せば通じるな、と思った経験でした。

そして通院は、片道1時間の道のりもなんとかご機嫌にしていてくれることが多く、助かっています。バスを2本乗り継ぐと、時間はかかりますが、自宅近くから病院の前まで行けます。救急にかかったときと手術当日は、タクシーで20分くらいでした。


バス停もメトロの駅もすぐ目の前、この坂を上った左手が母子棟

バスの中にはベビーカーや車椅子用の場所があり、そこに置いて、シートベルトを着けます。時々乗り合わせた人から「かわいいわね~」「男の子?女の子?何ヶ月?」「お名前は?」など話しかけられ、今日はおじいちゃんおばあちゃん他、周りの人たちに温かく見守られ、特におじいちゃんにたくさん話しかけられた娘でした。同じバス停で降りたその方は別れぎわ娘に「それではルナちゃん、お会いできてうれしかったです。これからも元気に大きくなるんですよ。」といわれました。


病院でも、小さい娘を連れて来ているためか、次の予約の際になるべく待たなくていいように手配してくれたり、処置室で私が最後だからと、そのままゆっくり授乳させてもらえたり、医師の診察中に泣いていた娘を抱っこしててくれたりと、とてもうれしい心遣いをいただきました。授乳に関して若い男性医師よりも詳しいベテラン看護婦さんが、傷口にヨードを使うのはやめて、銀加工のパッチにしましょうと医師に言ってくれたりしたのも助かりました。ヨード剤は赤ちゃんが舐めると甲状腺に高度に溜まるから、これからも使わないように言うのよ、と教えてくれました。

イタリアに住んでいた時にも感じましたが、大ざっぱでいい加減なところが良く出ることがあります。例えば、ガーゼなどがばっと一掴み、そんなになくてもいいのにと思うほどくれたり、銀加工の高価なパッチも惜しみなく多めにくれたりします。このパッチ、診療所の助産師さんが見て「それすごく高いのよね~、さすが違うわね」みたいなことをヒソヒソと話してました。ふむふむ、なるほどと思って聞いていた私。銀は消炎や抗菌作用があり、良いのだそうです。


パッチの袋、スウェーデン製です

みなさんの温かいまなざしや心遣いに感謝です。こちらの病院で感じる、無駄話ゼロで効率重視ではない、好奇心と少しの余裕が好きです。手術日には、救急で一度しか会わないだろう看護師さんが点滴の準備をしながら、私の仕事の話になり、音楽や楽器の話で盛り上がりました。針は一回目失敗で、2度刺されましたけど(笑)




通院が続く今週、先日はサンドイッチを持っていき、晴天でぽかぽかだったので、終わってから外でピクニックしました。

まだ炎症があるようですが、早く治まればいいなと思います。


2017年11月17日金曜日

乳腺炎との闘い

産後2週間で初めて乳腺炎になってから再発して、長い間ずいぶん悩まされました。

1回目は37度台の発熱が1日だけあったものの、助産師インマのアドバイスに従い、マッサージと授乳、キャベツ湿布、プロバイオティクスの服用で、1週間ほどで治りました。

そして治ったと思ったつかの間、また同じ方の違う場所が乳腺炎になってしまいました。しかし一度経験していたので、同じように対処していたのですがなかなか治らず、38度台の熱で2日間寝込んでしまったときにはすでに3週間が経過、相談できる人に話すと、皆、熱がそれより高くなったり長く続いたら抗生物質が必要とのことで、結局、2日で下がったので様子を見ることに。

するとまた一週間ほどで発熱、おっぱいも一向によくならず、おおきなしこりと熱を持ち、赤くなっている。皮膚の感じも良くない。いよいよこのままでは治らないと思い、病院の救急へ。(こちらでは予約なしで急ぎで病院にかかるときは、救急に行きます。そうでないときは、管轄の診療所に予約を入れて行きます)

ちょうどイタリアからお義母さんが来ていたので、娘と3人で救急へ。計6時間の長い滞在でしたが、産科医の診察をうけ、とりあえず切開はせずに抗生物質で治療することになりました。症状が悪化した場合はすぐに救急に戻るようにとの指示でした。

抗生物質を飲み始めてから、さらに痛みと赤みが増し、これはまた救急に行かないとダメかと思った3日目、朝10時ごろになると痛みが引いてきたので、2ヶ月の娘を連れてまた長時間救急に行くのは私にとっても相当なエネルギーを使うため、とりあえず救急行きは取りやめに。その日はすでに診療所で小児科の2ヶ月検診と助産師の予約が入っていたので、そちらに行くことに。

助産師さんに乳腺炎を診てもらい、痛みが引いたのなら、抗生物質が効いてきたのかもしれないからということで、1週間後に再診することに。その前にまた痛くなったらすぐに救急へという指示でした。

そして数日様子を見ていましたが、やはり痛みがひどくなってきたので、少し遠いけれど乳房専門病棟のある病院の救急に行くことに。そこはすごく大きな大学病院なので、救急もいくつかに分かれていて、私は産科がある救急に入り、待ち時間も少なく、2時間以内で全て終わりました。産科医による触診とエコー診察で、中に膿が溜まっているため、それを出すための切開手術が翌朝8時に予定され、その日の0時から絶食で翌日病院に戻ることになりました。

翌朝8時に到着、受付を済ませて病院服に着替えてベットへ。点滴など準備して、医師らから手術や麻酔の説明を受けて同意書にサイン、授乳もできるうちに済ませて、10時ごろ手術の順番が来ました。付き添われて徒歩で手術室まで行くと、中で看護師さんたちが準備をしていました。椅子に座って待つように言われ、寒すぎて歯がガチガチしたので、温かい空気の出る暖房機と私をシーツで包んでくれました。看護師さんたちも「どうしてここはこんなに寒いのかしら」とか言いながら。。手術台は結構古いタイプで「どうやって高さ調節するのかしら、上がらないわ」など言っている(笑)

全身麻酔で、呼吸がしやすいように喉にチューブを入れるといわれ、やはり緊張していた私も、こんな和やかに進む準備を見て少し笑えました。台に上るように言われ、両手を広げて、執刀医らしい男性の先生に笑顔で子供がいつ生まれたのか聞かれ、肩をポンポンされておめでとうと言われました。酸素マスクを持ってる看護師さんに、ゆっくり呼吸をするように言われたのが最後の記憶で、ちょうど1時間後の11時ごろ、待機していたのと同じ場所に戻って目が覚めました。

手術室に行くときは、娘と離れるのが辛く、一瞬涙ぐみましたが、1時間で戻ってこられてホッとしました。まだ麻酔で眠く、うつらうつら休みました。術後最初の母乳は捨てるようにということで、左右の搾乳をして、術後も安定していたので14時ごろ帰宅許可がでて、タクシーで帰りました。

いやはや、手術前に最高に痛かったときは寝られないほどで、歩いても響き、ゆっくりしか歩けず、早く痛みの無い体に戻りたい、元気になりたいと思いました。幸い術後は順調で、4日後の受診で中に入ってたドレーンを抜き(20センチほどもあってびっくり仰天!)、違う抗生物質を処方され、3日後に再診になりました。

これから娘と二人、バスを乗り継いで小一時間、行ってまいります。
どうか、このまま良くなって治ってくれますように。。。娘のためにも早く元気にならなくては!


2017年10月21日土曜日

Considering Matthew Shepardを聴いて



今日は朝10時から、カタルーニャ音楽堂にてCraig Hella Johnson作曲、Considering Matthew Shepard(1962)のゲネプロを聴いてきました。

本番はちょうど今(夜8時半)始まったところで、夫が合唱で出ています。Simon Halsey指揮で200人以上の合唱を伴い、ヨーロッパ初演ということです。


ストーリーは、アメリカで1998年10月12日、ホモセクシャルという理由で同年代の数名から残酷ないじめを受けて、22歳の若さで亡くなった大学生Matthew Shepardの実話にもとづいています。


1時間半を超える大作を休憩なしで、大合唱と数名のソリスト歌手、ジャズシンガー、ポップシンガー、器楽アンサンブルと共に残酷なストーリーが語られ、希望の歌で終わる、壮大な作品でした。


音楽のほか、ミニアチュアアーティストやヴィジュアルアーティストが加わり、とても効果的で素晴らしい舞台でした。ゲネプロ前のリハーサルでは、舞台監督、照明、マイクやビデオ担当などが忙しそうに走り回り、音楽が進む中マイクがタイミング良く入らなかったり、バランス調整など、それぞれがベストを尽くして懸命に作品を作っているのを身近に感じました。


終わり近く、感極まってボロボロ泣いた直後に、娘が起きて声を出しそうになったので、一瞬小走りでドアの外に出ましたが、それ以外はずっとおとなしく、しゃっくり以外に音を発することがなかったので、10時のリハーサルから休憩を挟んで14時にゲネプロが終わるまで、私はすごい集中力で作品に引き込まれっぱなしの至福の4時間でした。


昨日から頭痛がして、今朝もまだいまいちだったので諦めようと思ったのですが、行ってみて本当によかったです。会場を出るときにはすっかり頭痛も治っていました。


素敵なプレゼントをありがとう。そしてまた明日から頑張ります。娘は最近笑うようになりました。誰もが心地よく生きられる社会でありますように。