2009年3月19日木曜日

<イタリア便り13>私の好きなピアニスト

イタリアで初めてAndras Schiffのピアノリサイタルを聴いて以来、都合の許す限り、ミラノの彼のリサイタルには足を運んでいます。

初めて聴いたときのプログラムは、確かバッハのパルティータ全曲で、本当に感動して帰ってきたのを覚えています。 ピアノでのバッハの演奏がこんなに自然で、力強く、知的で色彩豊かで、あぁ、 目指すバッハの音楽は同じで、楽器が違っても、その音楽を表現する方法が変わるだけなんだ!と、強く思ったものです。

その後、フランス組曲全曲リサイタルを聴きに行き、今回は、モーツァルト・プロジェクトということで、全3回の演奏会のうち、初めと最後を聴くことが出来ました。

第一回 2月23日
Sonata K331, Rondo K485, Adagio K540, Nove variazioni su un Minuetto di Duport K573, Sonata K545, Sonata K310


第三回 3月9日
Fantasia K475, Sonata K533, Sonata K576, Rondo K511, Sonata K457


初回の第一曲目が始まったときの感動は、今でも忘れません。あの和音の推移があまりに美しくて、目がうるっとしてしまいました。彼の演奏でいつも驚くのは、ピアノの可能性を最大限に出し、これほどまでに美しく様々な音色を出せることです。楽器の完全支配と言ったらいいのでしょうか、ペダルの微妙な使い方にしても、目と耳を疑ってしまうほどでした。(このようになるまでには、どれほどの準備をしたことかと思いをはせつつ、この魔法のようなペダル使いはいったいどうしているのかと、目を見張って一生懸命に足元を見てみたのですが、無駄でした(笑)

魔法といえば、演奏全体も魔法のようで、低めの椅子に座って、両手を鍵盤の上に置くと、彼の音楽が流れ出てくるような感覚でした。会場のミラノ国立音楽院のSala Verdiは、1580席のとても大きなホールですが、そこで思いっきり落として、舞台のピアノの場所だけにほんわりと当てた照明も、 親近感がありとてもよかったです。 彼の大変落ち着いた雰囲気には、時として、お家で弾いているのを近くで聴いているかのような錯覚に陥り、同時に1000人以上の聴衆と共に聴いているとは、とても信じられませんでした。それだけ音楽に集中させられるというのは、本当にすごいことです。また、次のリサイタルを心待ちにしています。

2009年3月5日木曜日

<イタリア便り12> パラッツォ・クレーリチ

3月になりました。音楽院は中間試験期間中で、4時間の楽曲分析の試験を無事終えたところです。私の部屋には小さなお雛様を飾り、外は、なんとなく春の匂いがするような気がします。食卓には、数日前から日本に一時帰国している友人一家にいただいたポピーが元気に咲いています。

今日は、18世紀の宮殿でフォルテピアノを弾いたときのことを、忘れないうちに書いておきます。ミラノの中心部に位置するこのPalazzo Clerici(クレーリチ宮殿)は、18世紀初頭の建築で、タペストリーの間にはティエポロのフレスコ画があります。




18世紀の宮殿の大広間という、この上ない贅沢な空間で、初めて楽器を触れたときの驚きは、とても新鮮でした。もちろん、当日の楽器を使ってのリハーサルは、違う場所で何度か行いましたが、場所が変わると楽器の音も信じられないくらい変わり、無理しなくてもパーンと飛んでいく音にはびっくりしました。とても感動的でした。

使用楽器は、1790年代のドゥルケンのコピーで、すべての音にそれぞれ2本ずつの弦があるのですが、それだとどうしても高音が弱く、クリアでないのです。(そのすぐ後の、ヴァルターなどは、高音域に3本の弦を張るようになります)そのため、高音域と低音域のバランスをとるのが難しかったのですが、当日の演奏会場では、見事に高音が響きました。やはり、こういう場所で弾くために作られた楽器なのだなぁと、心から思いました。





そしてなんと、1771年にはイタリア旅行中であったモーツァルトが、この宮殿に立ち寄っています。かなり前に読みたいと思って購入した「モーツァルトのイタリア旅行」という本( I viaggidi Mozart in Italia, Rudolph Angermuller) が本棚にあったのを思い出し、そのときのことが書いてあるかもしれないと思い、取り出してみたのですが、特にパラッツォ・クレーリチについての記述は、残念ながらありませんでした。

過去にモーツァルトが居た空間で、再び彼の音楽を鳴らすというのは、言葉で表せないくらい感動的でした。こうして、ますます日本に帰れなくなってしまうのです・・・。


2009年2月8日日曜日

<イタリア便り11> スカラ座 当日券の話

前回のイタリア便りは、ポッリーニのリサイタルのことだけでかなり長くなってしまったので、スカラ座についてちょっと付け足しです。

本当に行きたかったヤナーチェクのオペラ「マクロプロス事件」は、結局観に行けませんでした。先月から今月にかけて、2週間ほどの間に8回の公演があり、一度は風邪のため諦め、一番最後の公演日にもう一度挑戦しようと思ったのですが、その日は朝、音楽史の講義のためにコモに行ったら教授欠勤のため講義が無く、往復計3時間を無駄に費やしたら、心身共にがくっと疲れを感じて、体が動きませんでした。

もう一度挑戦というのは何かというと、当日券入手に挑戦するということです。スカラ座のチケットは、有名なものほど発売と同時に売り切れという状態で、普通に購入するのはほとんど無理なのです。それで、毎公演、天井桟敷の当日券が100枚以上あって、しかも1枚10~15ユーロと格安で、学生にはうれしいものです。それでも、有名なオペラだと、朝、昼、夕方5時と3回もの点呼に足を運ばなければならず、体を張っての入手になるのですが、今回のヤナーチェクのオペラは、ヴェルディなどの超有名伝統的イタリアオペラではないし、チェコ語だし、とまぁいろいろあって、初日に観に行った友人から、夕方6時半に行って余裕だったと聞いていたので、しめしめ!と思っていたのです。

それで、再度挑戦しようとした日は、夕方6時ごろに行こうと思い、それまで少し休んだのですが、それから起きるのが大変で、また開演の夜8時半までにはかなりの中途半端な時間ができるし、終演後、家に0時過ぎに帰ってくることを思ったら、ちょっと体力的に無理でした。あぁ、本当に残念でした。でも、行くつもりで読んだオペラのあらすじや、ヤナーチェクについても少し知ることが出来たから、良かったことにします。

今月5日からはワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」が始まっているので、ぜひ行ってみようと思っています。



2009年2月6日金曜日

<イタリア便り10> スカラ座

ミラノは2月になってまた一度雪が降りましたが、すぐに雨になり、今日も雨模様です。冬一番の寒さは通り越し、ダウンジャケットで歩くと暑くなったので、普通の冬用コートに替えました。

さて、先日、スカラ座で行われたマウリッツィオ・ポッリーニのリサイタルに行ってきました。本当に行きたかったのは、ヤナーチェクのオペラだったのですが、それを調べていたらたまたま目に留まり、さらに一番安い天井桟敷のチケットが一枚残っていたので、すぐに購入しました。

ポッリーニを生で聴くのは初めてで、イタリアに居るんだからポッリーニくらい聴いておかなくちゃと思い、プログラムも前半がベートーヴェンのソナタ「テンペスト」「熱情」と私でも良く知っている曲だったので、嬉々として行ったのですが、期待はずれでした。

スカラ座という空間のためなのか、私の聴いていた場所のためか、ピアノの音がクリアでなく、強弱も平坦で、メゾピアノからフォルテまでしかないような印象で、とてもテンペストや熱情という言葉からは遠い、きれいなロマンチックなものに聞こえました。私は、煮えたぎる激しい音楽、感情、ドラマを聴きたかったのになぁ。コンサート用シュタインウェイという、モダンピアノの最たるもの、ピアノの進化を重ねた結果の最高のものと信じられている楽器を使用しているのに、皮肉なものです。

ブラヴォーの嵐の末、なんだかやりきれずにむっとして異常に長い休憩時間を過ごしていれば、隣ではド派手な化粧をしたおばさんたちが、「あぁ、本当に素晴らしい、ポッリーニは回を重ねるたびにより偉大になるわぁ」とか大声でわめいているし、私は気分が悪くなり、帰ろうかとも思ったけれど、後半はがらっと変わってブーレーズのソナタ第2番という演目だったので、留まりました。なんだか、ブランド商品に踊らされる消費者を見たようで、悲しくなりました。

ブーレーズは正直に言って、私には好きとか嫌いとかの判断にも困るような、理解の対象を越えるものだったけれど、曲が始まって、お!これが12音技法かな?!という初めての出会い的うれしさはありました。それにしても、はじめから終わりまでずっと同じ音を聴かされているようで、30分が永遠に感じました。12音技法は民主主義の概念から生まれた・・・ということを最近の授業で耳にしたけれど、確かにそうでした。教養になりました(笑)

昨年9月の、私の浜離宮のリサイタルに来てくださったある方が、~チェンバロはピアノより表現力に富んでいるかもしれない~という感想を下さったのを思い出し、そんなことを考えながら帰途につきました。


2009年1月13日火曜日

<イタリア便り9> オリジナルのフォルテピアノ

先週の1月6日、7日、イタリアは大雪に見舞われ、ミラノは40センチの積雪で1985年以来の記録的大雪だったそうです。私は、昨秋からコモ国立音楽院のチェンバロ科マスターコースに在籍していますが、そんな大雪の大混乱の中、今年は7日から学校が始まりました。

道にはまだ雪が残る中、11日(日曜日)はリハーサルのためベルガモに行って来ました。来月14日にフォルテピアノで私の教授と「モーツァルトと同時代女性作曲家」を取り上げた演奏会があり、モーツァルトの4手のためのソナタを合わせました。

教授のお家には、チェンバロ、クラヴィコード、そしてフォルテピアノが2台あるのですが、贅沢なことに、そのうちのオリジナルの1台でリハーサルさせていただきました!1803年ごろのものだそうで、やさしくて本当に美しい音でした。以前にも少し触らせてもらったことはありましたが、今回何時間もモーツァルトの音楽を弾いてみることができ、感動しました。なんとも言えない、とっても魅力的な歴史を感じる音がしました。

この楽器には、モダンピアノのように足で踏むペダルが6つ付いていて(確か)、左から2つ目が、押すと音が伸びる、いわゆる普通のペダルでした。また、演奏会に使う楽器は、1790年代のドゥルケンのコピーなので、ペダルは膝で使用するタイプの楽器です。楽器の中央に2つ付いていて、それをひざで持ち上げます。右が普通のペダル、左が弱音ペダルなので、4手のソナタを弾くときには、一つずつ担当します。この、膝で持ち上げるという動作は、はじめ慣れるのに時間がかかりましたが、だんだん自然に出来るようになって来ました。

チェンバロ科の第2楽器で、初期のフォルテピアノを触るようになりましたが、チェンバロとはまた異なる魅力があり、モーツァルトがとても新鮮に感じられます。昔、ピアノではモーツァルトを弾きましたが、モーツァルト以前のピアノのレパートリーといえば、バッハとスカルラッティくらいで、あまり総体的に知る機会がありませんでした。それが、チェンバロで200年以上にわたるモーツァルト以前のレパートリーに出会った後に、モーツァルトに再会したわけです。そうすると、モーツァルトの音楽言語が同時代のバッハの息子たちに似ていたりして、なるほどな!と思ったりするんです。

そんな新たな発見をしながら、楽しく準備に励んでいる今日この頃です。 

追伸:今日はこれから、チェロのDaniel Muller-SchottとピアノのAngela Hewittによる、ベートーヴェンとショスタコーヴィッチのチェロソナタや変奏曲を聴いてきます。

2009年1月1日木曜日

<イタリア便り8> 賀春2009

明けましておめでとうございます。
このホームページは昨年春に開設したわけですが、これまで訪ねて下さった皆さん、演奏会にお越し下さった皆さん、そして、更新速度がなかなか上がらない、私のイタリア便りを読んで下さった皆さん、本当にありがとうございます。

欧州は平年より雪が多く、ミラノもすでに数回雪が積もりました。イタリアでは、ナターレ(クリスマス)は家族と、新年は友人や恋人などと過ごすのが習慣です。こちらにいると、やはり日本のお正月が恋しいです。年賀状の届くのが楽しみで、朝から何度も郵便受けを見に外に出ていたのを思い出します。

今年は、実家から送ってもらった小包に入っていた屠蘇散とお餅で、お屠蘇と簡単なお雑煮を作って雰囲気を味わいました。昨年は、日本酒はあったのですが屠蘇散が無かったので、いろいろ考えて、日本酒にハーブティーのティーバックとお砂糖を加えて、洋風お屠蘇を作ったら、結構近い感じになったものです!

音楽家としての勉強はもちろんですが、今年は、このイタリア便りももう少し頻繁に更新していきたいと思います。平和な社会に思いを寄せつつ、皆さまの健康とご多幸をお祈りいたします。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。