前回のイタリア便りは、ポッリーニのリサイタルのことだけでかなり長くなってしまったので、スカラ座についてちょっと付け足しです。
本当に行きたかったヤナーチェクのオペラ「マクロプロス事件」は、結局観に行けませんでした。先月から今月にかけて、2週間ほどの間に8回の公演があり、一度は風邪のため諦め、一番最後の公演日にもう一度挑戦しようと思ったのですが、その日は朝、音楽史の講義のためにコモに行ったら教授欠勤のため講義が無く、往復計3時間を無駄に費やしたら、心身共にがくっと疲れを感じて、体が動きませんでした。
もう一度挑戦というのは何かというと、当日券入手に挑戦するということです。スカラ座のチケットは、有名なものほど発売と同時に売り切れという状態で、普通に購入するのはほとんど無理なのです。それで、毎公演、天井桟敷の当日券が100枚以上あって、しかも1枚10~15ユーロと格安で、学生にはうれしいものです。それでも、有名なオペラだと、朝、昼、夕方5時と3回もの点呼に足を運ばなければならず、体を張っての入手になるのですが、今回のヤナーチェクのオペラは、ヴェルディなどの超有名伝統的イタリアオペラではないし、チェコ語だし、とまぁいろいろあって、初日に観に行った友人から、夕方6時半に行って余裕だったと聞いていたので、しめしめ!と思っていたのです。
それで、再度挑戦しようとした日は、夕方6時ごろに行こうと思い、それまで少し休んだのですが、それから起きるのが大変で、また開演の夜8時半までにはかなりの中途半端な時間ができるし、終演後、家に0時過ぎに帰ってくることを思ったら、ちょっと体力的に無理でした。あぁ、本当に残念でした。でも、行くつもりで読んだオペラのあらすじや、ヤナーチェクについても少し知ることが出来たから、良かったことにします。
今月5日からはワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」が始まっているので、ぜひ行ってみようと思っています。
2009年2月8日日曜日
2009年2月6日金曜日
<イタリア便り10> スカラ座
ミラノは2月になってまた一度雪が降りましたが、すぐに雨になり、今日も雨模様です。冬一番の寒さは通り越し、ダウンジャケットで歩くと暑くなったので、普通の冬用コートに替えました。
さて、先日、スカラ座で行われたマウリッツィオ・ポッリーニのリサイタルに行ってきました。本当に行きたかったのは、ヤナーチェクのオペラだったのですが、それを調べていたらたまたま目に留まり、さらに一番安い天井桟敷のチケットが一枚残っていたので、すぐに購入しました。
ポッリーニを生で聴くのは初めてで、イタリアに居るんだからポッリーニくらい聴いておかなくちゃと思い、プログラムも前半がベートーヴェンのソナタ「テンペスト」「熱情」と私でも良く知っている曲だったので、嬉々として行ったのですが、期待はずれでした。
スカラ座という空間のためなのか、私の聴いていた場所のためか、ピアノの音がクリアでなく、強弱も平坦で、メゾピアノからフォルテまでしかないような印象で、とてもテンペストや熱情という言葉からは遠い、きれいなロマンチックなものに聞こえました。私は、煮えたぎる激しい音楽、感情、ドラマを聴きたかったのになぁ。コンサート用シュタインウェイという、モダンピアノの最たるもの、ピアノの進化を重ねた結果の最高のものと信じられている楽器を使用しているのに、皮肉なものです。
ブラヴォーの嵐の末、なんだかやりきれずにむっとして異常に長い休憩時間を過ごしていれば、隣ではド派手な化粧をしたおばさんたちが、「あぁ、本当に素晴らしい、ポッリーニは回を重ねるたびにより偉大になるわぁ」とか大声でわめいているし、私は気分が悪くなり、帰ろうかとも思ったけれど、後半はがらっと変わってブーレーズのソナタ第2番という演目だったので、留まりました。なんだか、ブランド商品に踊らされる消費者を見たようで、悲しくなりました。
ブーレーズは正直に言って、私には好きとか嫌いとかの判断にも困るような、理解の対象を越えるものだったけれど、曲が始まって、お!これが12音技法かな?!という初めての出会い的うれしさはありました。それにしても、はじめから終わりまでずっと同じ音を聴かされているようで、30分が永遠に感じました。12音技法は民主主義の概念から生まれた・・・ということを最近の授業で耳にしたけれど、確かにそうでした。教養になりました(笑)
昨年9月の、私の浜離宮のリサイタルに来てくださったある方が、~チェンバロはピアノより表現力に富んでいるかもしれない~という感想を下さったのを思い出し、そんなことを考えながら帰途につきました。
さて、先日、スカラ座で行われたマウリッツィオ・ポッリーニのリサイタルに行ってきました。本当に行きたかったのは、ヤナーチェクのオペラだったのですが、それを調べていたらたまたま目に留まり、さらに一番安い天井桟敷のチケットが一枚残っていたので、すぐに購入しました。
ポッリーニを生で聴くのは初めてで、イタリアに居るんだからポッリーニくらい聴いておかなくちゃと思い、プログラムも前半がベートーヴェンのソナタ「テンペスト」「熱情」と私でも良く知っている曲だったので、嬉々として行ったのですが、期待はずれでした。
スカラ座という空間のためなのか、私の聴いていた場所のためか、ピアノの音がクリアでなく、強弱も平坦で、メゾピアノからフォルテまでしかないような印象で、とてもテンペストや熱情という言葉からは遠い、きれいなロマンチックなものに聞こえました。私は、煮えたぎる激しい音楽、感情、ドラマを聴きたかったのになぁ。コンサート用シュタインウェイという、モダンピアノの最たるもの、ピアノの進化を重ねた結果の最高のものと信じられている楽器を使用しているのに、皮肉なものです。
ブラヴォーの嵐の末、なんだかやりきれずにむっとして異常に長い休憩時間を過ごしていれば、隣ではド派手な化粧をしたおばさんたちが、「あぁ、本当に素晴らしい、ポッリーニは回を重ねるたびにより偉大になるわぁ」とか大声でわめいているし、私は気分が悪くなり、帰ろうかとも思ったけれど、後半はがらっと変わってブーレーズのソナタ第2番という演目だったので、留まりました。なんだか、ブランド商品に踊らされる消費者を見たようで、悲しくなりました。
ブーレーズは正直に言って、私には好きとか嫌いとかの判断にも困るような、理解の対象を越えるものだったけれど、曲が始まって、お!これが12音技法かな?!という初めての出会い的うれしさはありました。それにしても、はじめから終わりまでずっと同じ音を聴かされているようで、30分が永遠に感じました。12音技法は民主主義の概念から生まれた・・・ということを最近の授業で耳にしたけれど、確かにそうでした。教養になりました(笑)
昨年9月の、私の浜離宮のリサイタルに来てくださったある方が、~チェンバロはピアノより表現力に富んでいるかもしれない~という感想を下さったのを思い出し、そんなことを考えながら帰途につきました。
2009年1月13日火曜日
<イタリア便り9> オリジナルのフォルテピアノ
先週の1月6日、7日、イタリアは大雪に見舞われ、ミラノは40センチの積雪で1985年以来の記録的大雪だったそうです。私は、昨秋からコモ国立音楽院のチェンバロ科マスターコースに在籍していますが、そんな大雪の大混乱の中、今年は7日から学校が始まりました。
道にはまだ雪が残る中、11日(日曜日)はリハーサルのためベルガモに行って来ました。来月14日にフォルテピアノで私の教授と「モーツァルトと同時代女性作曲家」を取り上げた演奏会があり、モーツァルトの4手のためのソナタを合わせました。
教授のお家には、チェンバロ、クラヴィコード、そしてフォルテピアノが2台あるのですが、贅沢なことに、そのうちのオリジナルの1台でリハーサルさせていただきました!1803年ごろのものだそうで、やさしくて本当に美しい音でした。以前にも少し触らせてもらったことはありましたが、今回何時間もモーツァルトの音楽を弾いてみることができ、感動しました。なんとも言えない、とっても魅力的な歴史を感じる音がしました。
この楽器には、モダンピアノのように足で踏むペダルが6つ付いていて(確か)、左から2つ目が、押すと音が伸びる、いわゆる普通のペダルでした。また、演奏会に使う楽器は、1790年代のドゥルケンのコピーなので、ペダルは膝で使用するタイプの楽器です。楽器の中央に2つ付いていて、それをひざで持ち上げます。右が普通のペダル、左が弱音ペダルなので、4手のソナタを弾くときには、一つずつ担当します。この、膝で持ち上げるという動作は、はじめ慣れるのに時間がかかりましたが、だんだん自然に出来るようになって来ました。
チェンバロ科の第2楽器で、初期のフォルテピアノを触るようになりましたが、チェンバロとはまた異なる魅力があり、モーツァルトがとても新鮮に感じられます。昔、ピアノではモーツァルトを弾きましたが、モーツァルト以前のピアノのレパートリーといえば、バッハとスカルラッティくらいで、あまり総体的に知る機会がありませんでした。それが、チェンバロで200年以上にわたるモーツァルト以前のレパートリーに出会った後に、モーツァルトに再会したわけです。そうすると、モーツァルトの音楽言語が同時代のバッハの息子たちに似ていたりして、なるほどな!と思ったりするんです。
そんな新たな発見をしながら、楽しく準備に励んでいる今日この頃です。
追伸:今日はこれから、チェロのDaniel Muller-SchottとピアノのAngela Hewittによる、ベートーヴェンとショスタコーヴィッチのチェロソナタや変奏曲を聴いてきます。
道にはまだ雪が残る中、11日(日曜日)はリハーサルのためベルガモに行って来ました。来月14日にフォルテピアノで私の教授と「モーツァルトと同時代女性作曲家」を取り上げた演奏会があり、モーツァルトの4手のためのソナタを合わせました。
教授のお家には、チェンバロ、クラヴィコード、そしてフォルテピアノが2台あるのですが、贅沢なことに、そのうちのオリジナルの1台でリハーサルさせていただきました!1803年ごろのものだそうで、やさしくて本当に美しい音でした。以前にも少し触らせてもらったことはありましたが、今回何時間もモーツァルトの音楽を弾いてみることができ、感動しました。なんとも言えない、とっても魅力的な歴史を感じる音がしました。
この楽器には、モダンピアノのように足で踏むペダルが6つ付いていて(確か)、左から2つ目が、押すと音が伸びる、いわゆる普通のペダルでした。また、演奏会に使う楽器は、1790年代のドゥルケンのコピーなので、ペダルは膝で使用するタイプの楽器です。楽器の中央に2つ付いていて、それをひざで持ち上げます。右が普通のペダル、左が弱音ペダルなので、4手のソナタを弾くときには、一つずつ担当します。この、膝で持ち上げるという動作は、はじめ慣れるのに時間がかかりましたが、だんだん自然に出来るようになって来ました。
チェンバロ科の第2楽器で、初期のフォルテピアノを触るようになりましたが、チェンバロとはまた異なる魅力があり、モーツァルトがとても新鮮に感じられます。昔、ピアノではモーツァルトを弾きましたが、モーツァルト以前のピアノのレパートリーといえば、バッハとスカルラッティくらいで、あまり総体的に知る機会がありませんでした。それが、チェンバロで200年以上にわたるモーツァルト以前のレパートリーに出会った後に、モーツァルトに再会したわけです。そうすると、モーツァルトの音楽言語が同時代のバッハの息子たちに似ていたりして、なるほどな!と思ったりするんです。
そんな新たな発見をしながら、楽しく準備に励んでいる今日この頃です。
追伸:今日はこれから、チェロのDaniel Muller-SchottとピアノのAngela Hewittによる、ベートーヴェンとショスタコーヴィッチのチェロソナタや変奏曲を聴いてきます。
2009年1月1日木曜日
<イタリア便り8> 賀春2009
明けましておめでとうございます。
このホームページは昨年春に開設したわけですが、これまで訪ねて下さった皆さん、演奏会にお越し下さった皆さん、そして、更新速度がなかなか上がらない、私のイタリア便りを読んで下さった皆さん、本当にありがとうございます。
欧州は平年より雪が多く、ミラノもすでに数回雪が積もりました。イタリアでは、ナターレ(クリスマス)は家族と、新年は友人や恋人などと過ごすのが習慣です。こちらにいると、やはり日本のお正月が恋しいです。年賀状の届くのが楽しみで、朝から何度も郵便受けを見に外に出ていたのを思い出します。
今年は、実家から送ってもらった小包に入っていた屠蘇散とお餅で、お屠蘇と簡単なお雑煮を作って雰囲気を味わいました。昨年は、日本酒はあったのですが屠蘇散が無かったので、いろいろ考えて、日本酒にハーブティーのティーバックとお砂糖を加えて、洋風お屠蘇を作ったら、結構近い感じになったものです!
音楽家としての勉強はもちろんですが、今年は、このイタリア便りももう少し頻繁に更新していきたいと思います。平和な社会に思いを寄せつつ、皆さまの健康とご多幸をお祈りいたします。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
このホームページは昨年春に開設したわけですが、これまで訪ねて下さった皆さん、演奏会にお越し下さった皆さん、そして、更新速度がなかなか上がらない、私のイタリア便りを読んで下さった皆さん、本当にありがとうございます。
欧州は平年より雪が多く、ミラノもすでに数回雪が積もりました。イタリアでは、ナターレ(クリスマス)は家族と、新年は友人や恋人などと過ごすのが習慣です。こちらにいると、やはり日本のお正月が恋しいです。年賀状の届くのが楽しみで、朝から何度も郵便受けを見に外に出ていたのを思い出します。
今年は、実家から送ってもらった小包に入っていた屠蘇散とお餅で、お屠蘇と簡単なお雑煮を作って雰囲気を味わいました。昨年は、日本酒はあったのですが屠蘇散が無かったので、いろいろ考えて、日本酒にハーブティーのティーバックとお砂糖を加えて、洋風お屠蘇を作ったら、結構近い感じになったものです!
音楽家としての勉強はもちろんですが、今年は、このイタリア便りももう少し頻繁に更新していきたいと思います。平和な社会に思いを寄せつつ、皆さまの健康とご多幸をお祈りいたします。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
2008年11月7日金曜日
<イタリア便り7> オバーマ!
4日は夜中の2時までテレビを見てしまった。
アメリカの大統領選関係の番組はかなり盛り上がっており、どんどんいろいろな州の結果が入ってくるので、止められなくなってしまったのです。オバーマが優勢とはすでに言っていたけれど、心の中で、アメリカだから最後まで分からないなと思いながら、その日は寝ました。
翌朝、テレビをつけると、オバーマ氏当選、第44代アメリカ大統領というアナウンスと、彼の輝くばかりの笑顔、そして彼の支持者たちが広場にもうこれ以上入れないというくらいに集まって、すごい興奮と期待で当選演説を聞いている映像が流れていました。
集まった支持者の半数はアフリカ系アメリカ人だと言っていましたが、そうした人々が涙を流して、手を握りあって演説を聞いている映像を見て、こちらまで目頭が熱くなり、ぞくっとしました。今回オバーマ氏が当選したことのスケールの大きさ、意味、などが私に押し寄せてきました。
「アメリカは何でも可能な国」と、彼の口から聞いたときには、本当かも、と思えました。これまで長い間、民主主義、自由の国、といったイメージからは程遠く、言葉だけが空回りしていたので、本当にオバーマ氏に期待したい。
世界の事情は、いやというほどアメリカに振り回されてきたし、それこそ世界制覇(コントロール)がアメリカ政府の目標だったように見えます。日本だって良い例だし、イタリアも欧州も他国の選挙にこんなに反応するのは、やっぱりアメリカは影響力がありすぎるから、放っておけないのでしょうね。
テレビでは、歴史的な一日!今日から世界が変わる!なんて大げさなことを言っていますが(イタリア人の何でも大げさに言う癖かな)、冷静に見ていきたいと思うし、私は静かに期待しています。
アメリカの大統領選関係の番組はかなり盛り上がっており、どんどんいろいろな州の結果が入ってくるので、止められなくなってしまったのです。オバーマが優勢とはすでに言っていたけれど、心の中で、アメリカだから最後まで分からないなと思いながら、その日は寝ました。
翌朝、テレビをつけると、オバーマ氏当選、第44代アメリカ大統領というアナウンスと、彼の輝くばかりの笑顔、そして彼の支持者たちが広場にもうこれ以上入れないというくらいに集まって、すごい興奮と期待で当選演説を聞いている映像が流れていました。
集まった支持者の半数はアフリカ系アメリカ人だと言っていましたが、そうした人々が涙を流して、手を握りあって演説を聞いている映像を見て、こちらまで目頭が熱くなり、ぞくっとしました。今回オバーマ氏が当選したことのスケールの大きさ、意味、などが私に押し寄せてきました。
「アメリカは何でも可能な国」と、彼の口から聞いたときには、本当かも、と思えました。これまで長い間、民主主義、自由の国、といったイメージからは程遠く、言葉だけが空回りしていたので、本当にオバーマ氏に期待したい。
世界の事情は、いやというほどアメリカに振り回されてきたし、それこそ世界制覇(コントロール)がアメリカ政府の目標だったように見えます。日本だって良い例だし、イタリアも欧州も他国の選挙にこんなに反応するのは、やっぱりアメリカは影響力がありすぎるから、放っておけないのでしょうね。
テレビでは、歴史的な一日!今日から世界が変わる!なんて大げさなことを言っていますが(イタリア人の何でも大げさに言う癖かな)、冷静に見ていきたいと思うし、私は静かに期待しています。
2008年10月8日水曜日
<イタリア便り6> 秋ですね
| Villa Giustinian |
この夏は2ヶ月間、日本に一時帰国していました。 イタリアに留学して以来の一番長い滞在でしたが、今回は7回の演奏会であっという間に過ぎてしまいました。演奏会に来てくださった皆様、本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
さて、ミラノに戻ってきたのは9月29日、もうすっかり秋のミラノは、朝晩かなり冷え込み、そろそろ暖房の季節です。10月5日には、ヴェネツィアの北の小さな町Portobuffolèにある、17世紀の館 Villa Giustinianで、イタリア人のヴァイオリン奏者と演奏してきました。ミラノからは、電車で4時間です。街中を歩くと、建物の形やその窓の形にヴェネツィアの影響が多く見られ、また水路が多いのも、印象的でした。
演奏会翌日には、そこから車で1時間ほどの町Udineを案内してもらいました。スロヴェニアに近いこの街では、フリウラーノというイタリア語の方言を話し、食べ物も、牛肉を煮込んだようなものなど、東欧の国々の食文化が混ざっていました。イタリアも広いなーと感じながら、街を歩きました。
2008年6月22日日曜日
<イタリア便り5> ミラノの夜
ふわぁっと浮かんだ音に、おもわず笑顔にさせられる・・・。
そんなやさしさに包まれた至福の時間でした。
最近、なかなか演奏会に行く余裕がなかったのですが、昨夜、久しぶりにイタリアの古楽アンサンブル「アカデミア・ビザンティーナ」の演奏会に行ってきました。
ちょうど夏至だった夜の9時、まだ明るいなか、ミラノの中心にあるパラッツォ・リッタの大きな中庭で始まった音楽会は、コレッリのコンチェルトから始まり、ヘンデルのコンチェルト・グロッソ、途中、上空を飛び交う鳥たちのさえずりを聞きながら、ジェミニアーニのコンチェルト・グロッソ「ラ・フォッリーア」、休憩は無しで、ヴィヴァルディのコンチェルト2曲、そして最後にバッハの2台ヴァイオリンのためのコンチェルトで締めくくられました。
イタリア音楽らしい、楽しく快活な印象がとても気持ちよく、またゆっくりの楽章の豊かな歌には、本当に体がほぐれるような感じでした。鳥肌が立つような突然のピアノもスリルがありました。第1と第2ヴァイオリンの掛け合いは、見ていても面白く、演奏者同士がお互いを見合って、笑顔で会話を楽しんで弾いている様子は、本当に素敵でした。バッハのコンチェルトニ短調の2楽章は、あまりにきれいなヴァイオリンの音色に、目頭が熱くなりました。
イタリアの演奏会でよく感じるのですが、演奏者が心から音楽を楽しんでいるのが、本当に伝わってくるんですね。聴衆も自然と笑顔になる。
抜群のテクニックと音楽性に、遊び心たっぷりの、宝物のような音楽を全身で満喫して、今ここにいて良かったぁ、音楽って体にいいなぁと思いました。私が演奏するときにも、一人でも多くの人に笑顔を届けられたらいいな、と思います。
そんなやさしさに包まれた至福の時間でした。
最近、なかなか演奏会に行く余裕がなかったのですが、昨夜、久しぶりにイタリアの古楽アンサンブル「アカデミア・ビザンティーナ」の演奏会に行ってきました。
ちょうど夏至だった夜の9時、まだ明るいなか、ミラノの中心にあるパラッツォ・リッタの大きな中庭で始まった音楽会は、コレッリのコンチェルトから始まり、ヘンデルのコンチェルト・グロッソ、途中、上空を飛び交う鳥たちのさえずりを聞きながら、ジェミニアーニのコンチェルト・グロッソ「ラ・フォッリーア」、休憩は無しで、ヴィヴァルディのコンチェルト2曲、そして最後にバッハの2台ヴァイオリンのためのコンチェルトで締めくくられました。
イタリア音楽らしい、楽しく快活な印象がとても気持ちよく、またゆっくりの楽章の豊かな歌には、本当に体がほぐれるような感じでした。鳥肌が立つような突然のピアノもスリルがありました。第1と第2ヴァイオリンの掛け合いは、見ていても面白く、演奏者同士がお互いを見合って、笑顔で会話を楽しんで弾いている様子は、本当に素敵でした。バッハのコンチェルトニ短調の2楽章は、あまりにきれいなヴァイオリンの音色に、目頭が熱くなりました。
イタリアの演奏会でよく感じるのですが、演奏者が心から音楽を楽しんでいるのが、本当に伝わってくるんですね。聴衆も自然と笑顔になる。
抜群のテクニックと音楽性に、遊び心たっぷりの、宝物のような音楽を全身で満喫して、今ここにいて良かったぁ、音楽って体にいいなぁと思いました。私が演奏するときにも、一人でも多くの人に笑顔を届けられたらいいな、と思います。
2008年6月14日土曜日
<イタリア便り4> パレルモの喧騒
Tomokoはパレルモに行ったことある?とこれまでに何度イタリア人に
聞かれたことか・・・そしてこの噂に聞くシチリア島の美しい街をついに見てきました。
訪問の一番の理由は、今月8日にあったF.コルティとのチェンバロ ドゥオ コンサートでしたが、演奏会当日お昼の飛行機でミラノを出発、飛行機は30分遅れ、空港から市内まではバスで50分、演奏会場のキアラモンテ宮殿に着いたのは、夕方5時でした。お昼も食べずに、すぐに2台の位置決めに入り、結局一番良いとなった、お互いに向かい合う形で1時間ほどリハーサル、パニーノをほおばってから、ソロの現代曲をどちらの楽器で弾くかを決めたのち、少し楽器を試奏しているうちに、調律の人が20時ごろ来て、それからは楽譜を整頓したり、着替え、お化粧などして、あっという間に開演の21時15分になりました。
プログラムは、前半と後半どちらも2曲のドゥオの間に現代曲のソロを挟むという形で、ドゥオではその場その場で臨機応変に、お互いの会話をドキドキしながら楽しむことができました。
アラブ・ノルマンの文化が混ざった美しい教会などで有名なパレルモは、そぞろ歩きも楽しいのですが、どこでもすごい量の車とバイクがごちゃごちゃと灼熱の太陽の下を走っていて、まるでここはカトマンズ(ネパール)?と思うような光景でした。その騒音は、今でも耳に残っています。また、美しい教会や宮殿の中、回廊、海辺など、喧騒から一瞬離れた空間は、鳥のさえずり、風、静かな波、木の葉の揺れる音に囲まれ、別世界でした。
さらさらと透き通る水が揺れる海辺では、その自然の静けさに、また次の音楽のために体が充電されるような気がしました。
訪問の一番の理由は、今月8日にあったF.コルティとのチェンバロ ドゥオ コンサートでしたが、演奏会当日お昼の飛行機でミラノを出発、飛行機は30分遅れ、空港から市内まではバスで50分、演奏会場のキアラモンテ宮殿に着いたのは、夕方5時でした。お昼も食べずに、すぐに2台の位置決めに入り、結局一番良いとなった、お互いに向かい合う形で1時間ほどリハーサル、パニーノをほおばってから、ソロの現代曲をどちらの楽器で弾くかを決めたのち、少し楽器を試奏しているうちに、調律の人が20時ごろ来て、それからは楽譜を整頓したり、着替え、お化粧などして、あっという間に開演の21時15分になりました。
プログラムは、前半と後半どちらも2曲のドゥオの間に現代曲のソロを挟むという形で、ドゥオではその場その場で臨機応変に、お互いの会話をドキドキしながら楽しむことができました。
アラブ・ノルマンの文化が混ざった美しい教会などで有名なパレルモは、そぞろ歩きも楽しいのですが、どこでもすごい量の車とバイクがごちゃごちゃと灼熱の太陽の下を走っていて、まるでここはカトマンズ(ネパール)?と思うような光景でした。その騒音は、今でも耳に残っています。また、美しい教会や宮殿の中、回廊、海辺など、喧騒から一瞬離れた空間は、鳥のさえずり、風、静かな波、木の葉の揺れる音に囲まれ、別世界でした。
さらさらと透き通る水が揺れる海辺では、その自然の静けさに、また次の音楽のために体が充電されるような気がしました。
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